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これは c0 t0 詰将棋 29_Wed  .

打ち歩ものっぽい

作意はほぼ同じですが、角が54に行くことで違う種類の紛れが生じています。
この配置のほうが当初の打ち歩の面影を残していますね。
しかし二手目に変化がないので、難易度は低くなってるんじゃないかと思います。
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さらに2手逆算したら c0 t0 詰将棋 29_Wed  .

2手逆算

こうなった。

・・・

配置駒多すぎですね。
初手は入れてみたい手ですが、代償が大きすぎます。
4,5筋に一枚配置するだけで余詰が全て消えれば良いのですが、上手い配置が思い浮かびません。
こういうところに作図センスが出るんですよね。

そもそも非限定を消せない限りいくらいじっても不完全作なわけですが。

まあ中々思うようには行きませんが、こうやってあれこれ考えるのは楽しくて
あっという間に時間が過ぎてしまいます。


話が変わりますが、自分の中で詰将棋創作と作曲というのは割と似通った部分があると思っていて、
詰将棋で上手い駒の配置を見つけることは、音楽でいう音の配置、つまり「この音の次にこんな音が来れば気持ちいいな」という一音を探し当てることに近い感覚があります。


同じ美でも、音楽が感覚的・肉体的な美であるのに対して、詰将棋は理知的な美とでもいいましょうか。

数学も圧倒的な美ですが、真理は唯一つなのでその分自由度が低いなと思っちゃいます。


いきなりこいつ何を言いだしたんだと訝られそうですが、詰将棋'sハイとでもいいましょうか、
若干テンションがおかしくなっています。

まあ、僕はこんなことを考えながら無為徒食の日々を送っているわけです。

収束自体変えたバージョン c0 t0 詰将棋 29_Wed  .

違う収束

飛車角の位置から連想して全く別の手順を拵えました。
この収束は良くある既成の筋だよなと思ったのですが、31の駒が生角じゃないと最後玉方非限定になってしまうんですね。
これって結構大きなキズなんでしょうね(>_<)

江戸時代だったら、これくらいキズにもなんなかっただろうになあ。
昔の詰将棋は変化長手数とか当たり前ですからね。
個人的にはそれぐらい大らかな感覚の方が好きです。

と時代に責任を転嫁してみる。


解答はこちら

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時空を超えて c0 t1 詰将棋 29_Wed  .

改良案

今日思いがけず中一のときに作った詰将棋を目にすることになり、そのショボさに苦笑しつつ、
今だったらもう少しマシなものにできるだろうかと思って、
あれこれ改良案を考えていたらあっという間にこんな時間になった。

そもそも元の収束がダメダメなのであまり作り直す価値もないのだが、
一応いろいろいじくっていたら、こんなのが出来上がった。

あまり実感はなかったが、実際に作ってみたらさすがに当時よりは作図力が改善されたかなと思う。
ただ、それが作品の良さに繋がるかは得てして別問題なのだけど。

37桂は26歩でもいいです。というかたぶんそっちが普通です。
ただ24歩の紛れがなくなるのが難点です。
こういう押さえだけの桂をついつい配置してしまうのですが、詰将棋的にはNGなのかもしれません。


解答はこちら

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